Foveon高感度設定による粗粒子表現
1.フィルムによる粗粒子写真 ー A)写真例
フィルムカメラが一般的であった時代には、
きめが細かく階調性が豊かな写真を得るために、
現像後の銀粒子がなるべく微粒子となるように、フィルムを現像していた。
一方で、粒子が粗くなるようにフィルムを現像した「粗粒子写真」は、
微粒子現像の写真とは異なった、独特の写真表現となるため、
あえて、「粗粒子写真」を作成する場合もあった。
粗粒子写真の例を下に示す。
一般的な写真と比較して、粗粒子写真では粗い粒子で構成され、
ザラついた印象の画像となる。
粗粒子写真の例 (約30℃の高温で現像)
[赤枠部分を拡大]
Nikon FM3A, Ai Nikkor 24mmF2S
Tri-X, D-76 30℃
EPSON GT-980, EpsonScan MonoChrome12800dpi
DxO FilmPack トーンカーブでコントラスト強調
1.フィルムによる粗粒子写真 ー B)粗粒子の生成
白黒(モノクロ)フィルム写真の原理の概要は、以下のようになっている。
フィルムの中の全体にある、臭素などでハロゲン化された銀(銀塩)の結晶が、
撮影によって感光されると、結晶中の銀イオンが高エネルギー(励起された)状態となる。
高エネルギーの銀イオンは、現像処理で還元されて、銀粒子に変化する一方で、
感光されない銀イオンは、現像で還元されず、その後の定着処理で除去される。
その結果、フィルム中には、感光された部分だけ銀の粒子が存在することになる。
通常は銀粒子が微粒子となるように、フィルムの現像を行うが、
あえて粗粒子のフィルムを得るためには、
現像液を高温(40℃程度)にして現像することが知られている。1)
1)写真工業、33巻、14号、166頁(1975年)
なお、現像液の組成は、現像温度20℃を前提に設計されている。
しかし、個人でフィルム現像を行う場合、
エアコンもなかった時代には、夏場の温度管理はほぼ不可能だった。
30℃くらいの高温で現像して、不本意な「粗粒子写真」が得られる場合もあった。
未感光フィルム中のハロゲン化銀の結晶は、1μmほどの大きさであるが、
「粗粒子現像」を行ったフィルムの場合では、
現像後のフィルム中には、1μmから10μm以上の、
多様な大きさの銀粒子が存在すると考えられる。2)
2)菊池真一「写真化学 第4版」、15頁、103頁(1976年)
なお、フィルム中の銀粒子が、移動や凝集などによって粗粒子化する現象について、
現像処理における各工程の、1つの工程のみを30℃にした影響を検討した結果が、
現像 > 定着 > 水洗 > 乾燥 であったとのことで、3)
現像工程以外の工程でも、銀粒子の粗粒子化が進行することが示されている。
3)写真工業、11巻、7号、583-584頁(1952年)
現像工程のみならず、定着工程や水洗工程も含めて、温度管理をせずに夏場に高温で行うことに加え、
迅速定着が可能なチオ硫酸アンモニウムではなく、
チオ硫酸ナトリウムを主剤とした定着液によって、長時間かけて定着を用ったり、
水洗促進剤を使用せずに、長時間かけて水洗を行ったりすることは、
粗粒子化をさらに進行させる原因となりうることが考えられる。
一般的に、「粗粒子写真」はモノクロ写真に限られる。
カラーフィルムでの粗粒子写真に関して、考えてみる。
カラーフィルムは、モノクロフィルムと同様に、ハロゲン化銀が感光剤として用いられるが、
感光して高エネルギーとなった銀イオンが、
現像時に有機化合物を酸化させて色素を生成させる一方で、銀イオンは還元されて銀となる。
未感光のハロゲン化銀と、色素を生成させて還元した銀とは、
現像処理の定着工程や漂白工程で、どちらもフィルムから除去され、
フィルム中には、複雑な有機化合物の色素のみが残ることになる。4)
従って、現像処理後のカラーフィルムには、「銀粒子」は存在せず色素のみとなり、
フィルム中の粒子の存在は、考えにくい。
4)菊池真一「写真化学 第4版」、269-270頁、275頁(1976年)
一方で、フィルム中での色素の状態について、
「色素粒子によって粒状性が現れる」と記載された文献 5) があるが、
実際のカラーフィルム中の色素粒子の具体的な大きさは記載されていない。
5)日本写真学会会誌、22巻、1号、38-47ページ(1959年)
また、カラーフィルムはラボ処理が一般的であり、発色のためには温度管理が厳重なため、
粒子を粗大化させるために高温処理することは、極めて困難である。
結局のところ、カラーフィルムでの粗粒子写真は、現実的にはありえないと考えられる。
1.フィルムによる粗粒子写真 ー C)銀粒子の存在状態
最初に示した、フィルムによる粗粒子写真の例で、
窓枠部分をさらに拡大したものを、左下に示した。
フィルムをもとにした、通常の表示に用いられる画像は、銀粒子部分が白く表現されるため、
白黒を反転させて、ネガに相当する画像(右下)にすると、銀粒子は黒い部分で示される。
銀粒子の状態について、以下のことがいえる。
・ネガの白い部分は、光が当たらずに、小さな粒子が少しだけ存在する
・ネガの黒い部分は、光が十分に当たり、粒子が凝集して粗大化・密集している
・中間(グレー)部分では、小さい粒子と大きい粒子が混在し、大きい粒子が目立っている
・いずれの部分でも、粒子の存在数や大きさの分布は均等ではなく、バラツキがある
粗粒子フィルム写真例を拡大
拡大フィルム写真を反転(ネガ相当)
2.フィルムによらない粗粒子写真の課題 ー A)画像のソフト処理
銀塩フィルムを用いた粗粒子写真を得る技術は、古くから知られている。
フィルムから画像としての写真を得るには、
フィルムを購入してフィルムカメラで撮影し、フィルムを現像、
暗室内で、引伸機を用いて印画紙上に露光し、印画紙を現像する必要がある。
しかし、デジタル写真が一般的になった現在、
フィルム写真にかかわる多くの機材の入手が困難となっている。
特に、現像タンク・引伸機・引伸機用レンズは、生産中止か1種類ほどの製品しかない。
また、個人で処理を行う場合には、現像液や定着液の廃棄も、課題が残っている。
粗粒子写真は、フィルム中の銀粒子が移動・凝集し粗大化することで、生成される。
かつては、銀塩フィルムでしか、粗粒子写真は得られなかった。
しかし、現在では、フィルムを用いることなく、
デジタルカメラで撮影された画像を元にして、白黒の粗粒子写真を得る方法がある。
ソフトウェアでデジタル写真を画像処理することで、粒状化表現された画像を生成できる。
例えば、DxO社のソフト「FilmPack」は、プリセットとして、数十種類のモノクロ(及びカラー)フィルムのコントラストや粒状感が用意され、
さらに、パラメーターをマニュアル操作することで、粒状感やコントラストを細かく設定できる。
[動画の各コマに対する粒状化の画像処理の結果]
60fpsで約20秒撮影したデジタル動画を、コマ毎に静止画1280枚として出力し、
全画像についてバッチ処理で、FilmPackの粒状化処理を行い、静止画で保存した。
最初の部分、中間の部分、最終の部分から1コマずつ抽出した画像について、
粒状化処理後の3つの画像の、左下部分を拡大したところ、
異なる画像なのに、粒状化を目的として付与されたノイズの、状態・位置が全く同じだった。
(画像の左下部分にある、斜めの線など)
フィルムでの粗粒子化の場合、銀粒子の移動・凝集に基づくため、
銀粒子が多く分布している場合と、少なく分布している場合、
すなわち、画像中の黒色・灰色・白色の各部分で、粗粒子化の状態が異なる。
しかし、ソフトウェアを用いた粒状感の付与では、
画像の状態とは無関係に、同じ位置・形状で粒状感が付与されており、
フィルムのような粒状感を得られないことが、明らかとなった。
なお、動画の各コマを静止画として粒状化処理後に、再度、動画に再構成した場合、
粒状化のためのノイズの位置・形状が、固定されているため、
汚れたガラスを通して風景を見ているような動画となってしまった。
最初の部分のコマ
左下部分を拡大
拡大部分の左下をさらに拡大
中間部分のコマ
左下部分を拡大
拡大部分の左下をさらに拡大
最終部分のコマ
左下部分を拡大
拡大部分の左下をさらに拡大
おもな
ノイズパターン
Sony α9, FE28mmF2, MP4, 60fps
TMPGEnc Video Mastering Works, 静止画ファイル出力
Dxo FilmPack, トーンカーブ調整, 彩度調整
2.フィルムによらない粗粒子写真の課題 ー B)フィルムとデジタルの相違
撮影した白黒フィルムを現像すると、フィルム中の感光した部分に銀粒子が生成することで、
粒子に基づく画像である、写真(ネガ)となる。
ネガフィルムを印画紙に引伸したり、フィルムスキャナーで読み取って、画像を得ることができる。
なお、粗粒子化の場合は、フィルム中の銀粒子が移動・凝集して、粗大化した銀粒子となる。
デジタル写真の場合は、
入射光を電気信号に変換するフォトダイオードを碁盤のマス目状に配置して構成される、撮像センサーを、
フィルムの代わりに用いて、カメラで撮影した画像を、デジタル画像データとして得ることができる。
フィルム写真では、銀粒子の大きさの分布・画面上での位置の分布によって、画像が形成されるが、
デジタル画像では、撮像センサーのマス目に相当する「画素」ごとの、色や明るさで、画像が形成される。
初期のデジタルカメラでは、撮像センサーの画素数が少なかったため、
画像を拡大すると、モザイク画のようになってしまったが、
最近の撮像センサーは、画素数が非常に多くなり、きめの細かい画像が得られるようになっている。
また、一般的な撮像センサーでは、
個々のフォトダイオード上に、RGBいずれか1色のカラーフィルターを配置して、構成されている。
従って、1つのフォトダイオードは、RGBいずれか1色の信号しか出力しないが、
周囲のフォトダイオードの出力を基に補完することで、各画素の画素値(RGB3色)を算出している。
現在では写真は、デジタルカメラやスマートフォンで撮影されるのが一般的となっていて、
デジタル写真はフィルム写真と同様なものとして、違和感なく受け入れられている。
フィルムを用いた粗粒子写真は、デジタル写真と、どのように異なるのかの確認を行ってみた。
粗粒子フィルム画像、デジタル画像、モノクロ化したデジタル画像、3つを比較した場合、
小さい画像では、明確な違いはわからない。
粗粒子フィルム画像
Nikon FM3A, Ai Nikkor 24mmF2S
Tri-X, D-76 30℃, EPSON GT-980
デジタル画像
Sony α9, FE24mmF1.4
SILKYPIX Developer Studio Pro
デジタル画像+モノクロ化
→ Dxo FilmPack, モノクロ化
画像の一部を拡大してみた場合(約8倍×約8倍)、
粗粒子フィルム画像(A1)では、全体がザラついたような画像であるのに対して、
モノクロ化したデジタル画像(B1)では、滑らかな表面として描かれた画像となる。
さらに拡大すると(約4倍×約4倍)、
粗粒子フィルム画像(A2)では、粒状性がはっきり見られる一方で、
デジタル画像(B2)では、モザイク状のギザギザ感がわずかに見えるようになる。
続けて拡大すると(約3倍×約3倍)、
粗粒子フィルム画像(A3)では、粗い点で構成された画像になり、
デジタル画像(B3)では、マス目状の画素単位で構成される画像であることが明確になる。
フィルムによる画像は、銀粒子部分が白く表現されるため、
白黒を反転させて、ネガに相当する画像(A4)にすると、黒い部分が銀粒子を表しており、
大きな銀粒子部分と、細かい銀粒子部分があることがわかる。
また、同じような輝度(明るさ)の部分であっても、粒子の存在有無や大きさが異なっている。
デジタル画像をさらに拡大すると(B4、約2倍×約2倍)、
輝度(明るさ)が、縞状に規則的に変化していたり、
明るい部分から暗い部分にかけて、段階的に輝度が変化していることがわかる。
被写体は木目の部分であり、木目の模様にある程度の規則性はあるが、
輝度が、実際よりも滑らかに変化していると、考えられる。
A1) フィルム(8x8倍)
A2) フィルム(さらに4x4倍)
A3) フィルム(さらに3x3倍)
A4) A3を反転(ネガ)
B1) デジタル画像(8x8倍)
B2)デジタル(さらに4x4倍)
B3)デジタル(さらに3x3倍)
B4)デジタル(さらに2x2倍)
2.フィルムによらない粗粒子写真の課題 ー C)求められる画像
フィルムを用いずに、デジタル写真を基にして粗粒子写真を得るためには、
フィルムにおける銀粒子の状態と同じような画像となる必要がある。
粗粒子写真の例で紹介した写真おける、銀粒子の存在状態は、以下となっていた。
・ネガの白い部分は、光が当たらずに、小さな粒子が少しだけ存在する
・ネガの黒い部分は、光が十分に当たり、粒子が凝集して粗大化・密集している
・中間(グレー)の部分では、小さい粒子と大きい粒子が混在し、大きい粒子が目立っている
・いずれの部分でも、粒子の存在数や大きさの分布は均等ではなく、バラツキがある
デジタル写真を粒状化処理するソフトウェア処理では、
画像の濃い部分や薄い部分にかかわらず、
粒状化のために付与されるノイズが、同じ場所に同じ形で付与されるため、
粗粒子写真としては、不十分と考える。
デジタル写真そのままでは、
画素単位で表現されるため、モザイク状の画像になるとともに、
きわめて規則性の高い輝度変化が見られ、画素間の補完処理の影響が考えられる。
デジタル写真の粗粒子化のためには、
粒状化のためのノイズを付与するソフトウェア画像処理ではなく、
粒子の存在数や大きさの分布にバラツキがあり、
特にグレー領域で粒子が目立つような、画像が得られる手段が求められる。